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貴方しか見えない9

 途中でなんとか開いている店を探し出し、飲み物と食べ物を買った。そして彼のアパートへ。
 場所的には野々村君のうちの近くらしい。オレにはわからないけど、彼に野々村君の住所を教えたら、2ブロック離れた場所だね、って言ってたし。
 会社で借り上げてるというアパートは家具つきワンルームで、小奇麗な部屋だった。会社管理だから帰国日程が狂っても追い出されなくてすむのだろう。
 コーヒーを入れてもらってソファに座り、キョロキョロと周りを見回した。雰囲気がいいよな〜。オレも住みたいな、こんなところ。
 スーツケースが片隅においてある。
 帰る準備をしてたんだ。
 あ。
 そうだよ。
 逢えた事で、感動してたけど、なんで帰ってこなかったんだ?
「さて、聞かせてもらおうか! 帰国しなかったら待たないって送っただろ?」
 そんな気はサラサラ無いけど、言っておかないと。
 コーヒーをテーブルにガチャリとおいて、目一杯、睨みつける。
「オヤジ、というか、社長から連絡が入ったんだよ。『二十四日に行くから、絶対に空けておくように』って。 もちろん断ったよ? 話なら日本で出来るだろう? だけど」
 そこで、すこし困ったような、呆れたような、よく感情の読み取れない微妙な顔をした。
「絶対に二十四日にはこっちで過ごすって言うんだ。トラブルの経緯もその時に聞くから、こっちで会議を開くって。 そのことに関しては、一応責任があるからね。断れなかったんだよ……」
「ふぅ〜ん」
「なんか冷たい言い方だね」
 でもなんでそんなにこっちに拘るのだろう。
 相川さんの言うとおり、日本で報告を聞く事だって出来るはずだ。問題は解決したのだから。
 ……………………、そういやトラブルって何だ?
「そもそも相川さんがこっちに来たトラブルって何?」
 訊いてもいいのかな?
 極秘か?
「セクハラ訴訟」
「うわ、ありがち」
 その後長々と聞かされたのは、こんな話だった。
 ある女性が現地法人の副社長、アメリカ人らしいんだけど、をセクハラで訴えたらしい。 既に一年前に辞めてる人なんだけど、秘書をしていた時に強要されたと弁護士を通じて訴えてきたそうだ。 それをかぎつけたマスコミがスキャンダルとしてとりあげ、しばらくの間、大騒ぎになって。
結局はライバル会社にそそのかされて、合意だったにも関わらず訴えたのがわかって告訴は取り下げたという。
 終わりまで聞けば簡単に解決したように思う。 だけど、そこに辿りつくまでには、綻びを探す綿密な計画と調査能力がものを言うのだろう。
「まあ、彼にも落ち度があったわけで、降格してもらったよ。その後の人事にちょっとごたごたがあってね、 やっぱり信頼のおける人物に任せないといけないだろう? その辺に時間をとられたんだ。一回目の帰国が延びたのは、そんなわけね」
「経営って大変なんだな……」
「んー」
 それで…、そうだ。二十四日に固執したわけって?
 逢えたんだからそんなことはどうでもいっか、そんな気になっていたけど相川さんは話してくれた。
「どうしても社長がこっちに来たかったわけ、何だと思う?」
「わかんねえよ」
 そもそも最初に訊いたのはオレだろ?!
 ちょっとムッとした。
「それがさあ……。彼女を連れてきたんだよ。喜ばせたかったんだってさ。オフクロが死んで五年たつから。不倫ってわけじゃないんだけど……。相手、何歳だと思う?」
「だーかーらー、わかんねえよ」
 ははは、とそれほど可笑しくもなさそうに半ば自棄気味に笑って、
「十七歳だって」
「じゅーななさい?! オレより年下じゃん」
 彼が自棄気味に笑った意味がわかった。
 犯罪にはならないのか?
 アメリカ支社を心配してる場合ではないのではないのでしょうか?
 自分の身を……。
「そうだよ! 吃驚したよ。可愛らしい子でね、犯罪だよね」
 普通、そう思うよな……。
 父親がそんな子供にうつつを抜かしているのはさぞかしショックだろう。
「結婚するらしい」
「認めてあげないの?」
「いや、認めてる。別にかまわない」
 それでも寂しそう。
 母親のことを考えているのだろうか。心中複雑なのだ、きっと。
 すこし項垂れてしまった彼の首に腕を回し、顔を近づけた。
「相川さん……」
「なんでしょうか?」
 ふふ、と笑う。貴方の瞳の中に笑ってるオレがいる。
「キスしようよ。特別な場所で、特別な人とのキス。今日はクリスマスだよ。間に合ってよかった……」
 背中に回されていた手がオレの頬を両手で包み。
 その仕草が、大事なものを扱うようにそっと触れるように。とても優しくて。
 温かい掌の感触に瞳を閉じた。
 切なくて胸が熱くなる。
「愛してる」
 口付けが落とされる瞬間に、吐息が唇に残る。
 しばらく抱きしめあって、キスしあって。
 食事をした。
 豪華なレストランをとりたかったなあ、なんて笑うけど、オレは貴方とこうしていられるだけでどんな物でも美味しく食べられるんだよ。
 ワインを飲んで気持ちいいぐらい酔った。

〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

 先にシャワーを浴びた相川さんがソファに座って目を閉じてる。 明るさを絞った照明が彼の顔に陰影をつけていた。
 疲れの浮かぶ目元。少し痩せたかも。髪も伸びたかな。濡れたままの前髪を一房掴んで、くるくると指に巻いて弄ぶ。 ゆっくりと上がっていく瞼。その瞳がオレを見つけて、綻んだ。
「本物だね」
「当たり前だろ?」
「逢いたかった……。寝る前には、いつも、君が何してるか考えるんだ。楽しいことあったかな、とか、悲しんでないかな、とか。 俺がいなくても平気なのかな、とか……。逢いにきてくれて、嬉しい」
 苦しげに目が細められた後、綺麗な笑顔をくれた。
 マンションを出る時にされたように、指を絡めて。その後、握りこんだり開いたり。 オレの存在を確認するかのような仕草に泣きたくなる。言葉もなくそのままにしていると、ふいに軽く引かれた。自然とオレは彼の胸に倒れこんで。 広めのソファなのに、まるでラブソファみたいな狭さでくっついて座らされ、抱きしめられた。
 こんなに純粋に喜んでくれている。
 オレは……。
 心に巣くうもやもやしたものが彼から目を逸らさせた。
「梨佳さんが全部手配してくれた。 ここに来れたのは、彼女と彼女の周りの人の力で、オレのじゃない。……、ただのポーズだったんだ。 アメリカに行きたい、迎えに行きたいって思ったけど、 現実としてできるなんて思ってなかったし、待ってれば貴方は帰ってくる。 だけど、少しだけ行動すれば、駄目だったとしても『これだけやったんだから』 って胸を張っていられるから……。 自分が安心したかっただけ。やらないより、やったという言い訳なんだよ。 オレは……卑怯だ。偶然うまくいったけど、貴方に、嬉しいなんて言われる資格なんて、ない……」
 自分の心を晒すのは、苦手だ。
 だけど閉じ込めててはいけないと思う。
 だから正直に、話すんだ。
「ごめんね。辛かったね」
「違う」
 俯きかけたオレの頬を温かな掌が包む。そのままゆっくりと正面を向かされて。
「でも君はここに来てくれた。一歩、進むことを選んでくれたんだろう?」
「梨佳さん達が!」
「確かに自分だけではどうしようもないことだよね。でもね、きっかけは君だ。 俺は日本で待ってるとばかり思ってたんだから、電話を貰った時はほんとに驚いた。
 ツリーの前で君が立ってただろう? 
 人ごみの中すぐにわかったよ。そこだけキラキラして輝いてたんだ。 空を見上げたり、行ったり来たり。落ち着きなく動いてたね。 俺を見つけて、表情がパアッと変わって……。走ってくる君が腕の中に飛び込んできた時には感動して、夢かと思ったよ……。
 だけどね、本音を言うとね、その感動と同じくらい怖かったんだ。なぜかわかる?」
 思い出すように小さく笑って。オレはそんな彼をじっと見つめていた。
「どんどん君が離れていく気がしてね。 自分で決めて、迷わずに進んでいける。そこに俺は必要とされてないんじゃないかって。 こんなこと思っちゃいけないのはわかる。一人立ちを祝福すべきだっていうのもわかる。 だけど俺はずるい大人だから、ずっと君を傍に縛り付けておきたい。 だから君に迷いがあって、でもその結果来てくれたっていうことの方が俺には嬉しいんだ。 今なら、一歩を踏み出した、そのことを自信にすればいいとはっきり言える。お願いだから、一気に変わろうとしないで少しずつ成長して欲しい。俺の為に……」
 我侭でごめん、と。
 流されていい時もある。 そのことに気づいた時、ずっと心にあった焦りも、迷いも少しずつ晴れていく気がした。
「ん。……ありがと」
「悟……」
 首筋に感じる吐息まじりの名前。
「君に触れるのは何ヶ月ぶりだろう……」
 瞳に熱を持ち始める。片眉が上がり。唇が緩やかにカーブした。
 頬にあった掌が身体のラインに沿いながら首、肩、腕まで降り、吸い込まれそうになるほど見つめられて、閉じ込められてしまったような感覚に陥りそうになる。
 それでもいいや……。
 瞳の中に映る自分が幸せそうに笑った。
 唇が重なって、すぐに離れて。
「君の羽をもいでしまおう……。だから」
 懐かしい、口付け。ありったけの愛情を感じられる、優しいキス。
「俺の腕の中に、落ちておいで」
 耳元に囁かれる低いトーン。
「受け止めてあげるから……」
 耳たぶを甘噛みされ身体が震えた。
「んっ……!」
 落ちるのなんて簡単なんだよ。
「悟、ずっとこうしたかった。抱きしめて、キスして、身体で感じたかったんだよ。待たせて、ごめんね。愛してる、誰よりも君を」
 柔らかい声に胸がキュッと締め付けられる。
 貴方を忘れそうだった。
 触れられないと、不安で押しつぶされそうだった。
 顔は思い出せるのに声だって覚えてるのに、それが本当の貴方なのかわからなくなる。
 手の温もりとか唇の感触とか、全部。忘れたくないのに思い出になりそうだった。
「怖かった。何もかも。貴方が! 貴方が傍にいなかったから! 貴方がっ!」
 喉に言葉が詰まって出てこない。
 一気に視界がぼやけて。その度に瞬きを繰り返すけど目の前の姿が滲んだままで。彼の腕をぎゅっと掴んだ。
「俺の為に流す涙は大歓迎だよ」
 頬を伝わる涙を彼の唇がさらっていく。
「……こんなに好きになるのは、苦しい。これでいいんだって、好きになるのが間違いじゃないって、教えて欲しい……」
 強く貴方を感じさせてよ。ここにいるって。傍にいるって。
「俺はいつも君だけを想ってるよ。もっと好きになって。君が苦しむのは辛いけど、もっと苦しめたい。俺の目の前でだけなら……」
 抱きしめられた腕に力がこもる。
 胸の中、涙がとまるまで、そうしてくれていた。

2003.12.21


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